azulicat/森薫『エマ』(1) 感想

Created 2023-03-05 05:00 Modified Thu, 04 May 2023 09:48:00 +0000
  1850 Words

おもしれえええええええええ!!!!!!!!!

ありえんくらい面白い。やはり森薫……森薫はすべてを解決する……!と、シャーリーしか読んだことがない奴がほざいております。でもシャーリーはガチ名作よな。
なんかもう……完璧でしたね。これ一冊に2000円かけたと思ってもお釣りが来るくらい。これよ!こういうのが読みたかったんですわぁ……なんでこんなに漫画巧いのこの人?天才?
絵から男性作家とばかり思っていたんだけど、女性作家でした。前の記事でさんざ女性漫画家をこき下ろしておいてこのざまでございます。でも全然違うんだもん……思うに女性作家には二種類いる。まったく別個の種が。まだ詳細なクライテリアは導き出せないが、おそらくは視野の広さ・大局的な意識にあると思う。その能力がある女性作家は本当に素晴らしい漫画を排出する。
大局性とはつまり、漫画というのは物語を綴る場であって、作者の個展でもファッションショーでもないということをどれだけ理解しているか。言っちゃ悪いが、女性の描く漫画はまさに「作者の個展・ファッションショー」になりがち。元がイラストレーターだとなおさら。なぜならイラストレーターならばそれで正しいから。各絵描きには個性が求められ、ニーズに沿って「呼ばれる」形で使われる。漫画の場合はそうではない。
イラストレーターの役目とは、己の芸術的感性を精一杯外へ魅せること。それをどう使うかはイラストレーターを雇う側が決める。漫画の場合でも、作画と原作が分かれている場合はそれでも良いだろう。しかし自分で両方やる場合、「己の芸術的感性」は黒子でしかない。イラストは徹頭徹尾引き立て役でしかなく、コアたる物語がなければ意味がない。イラストレーターは「イラスト」が描きたい者がなる職業だ。イラストを第一に考える存在が漫画を描けるわけがないのは自明といえる。漫画家は、「物語」を書きたい者がなるべき職業なのだから。

エマのよかった点

物語をまったく邪魔しない作画。エマは、ぶっちゃけ絵だけで見ると大して可愛くない。芋っぽいしメガネだし髪型も微妙。だが読んでいればすぐにエマに惚れるだろう。それを描けるだけの力がある。慎ましやかなんですよね……とにかく。『聲の形』もそうだけど、主軸となる女性は慎ましやかである方がいい。これはただの私の好みかもしれない。なんか、女性作家の漫画って大体メインの女が喧しいのよ。ある意味リアリスティックなのかもしれないけど、女性の現実性など漫画で求められているものではない。森薫先生は女性でありながらそれを理解しているように思う。
19世紀のロンドンという舞台設定も良い。個人的に好きというのもあるけど、ちゃんと「そうである理由」を物語にきれいに絡められているのが好印象。貴族階級と平民の格差、平均寿命の短さなど。ダイアログのひとつひとつも舞台設定を崩さないよう丁寧に作られている。「はあ」という返事とかね。
それと、これは意外だったのだけど、ギャグセンスがかなり高い。読んでて何箇所かめちゃくちゃ笑った。ゾウの所とかね。ちょっとした会話にエスプリのきいたギャグを挟んでくるのがもう、求められている以上の点を取ってきてすごいよ。「ゲーテか?」「俺だよ」とか。

こんなに物語が緩やかに進んでいるのに、いや、物語と呼べるような物語さえないようにも感ぜられるのに、ずっと面白い。それは感づかせてないだけで実際には緻密に物語が敷かれているから、そしてそれはちゃんとハイペースで進んでいるからなんですよね。短期的・中期的・長期的ゴールが現時点ですべてちゃんと見えている。とにかく漫画が巧い。会話の描写が巧いくせにそれに依存せずとも文脈を伝えられるだけの漫画力があるから強い。例を上げるとレイトンの売り子を口説くシーン。あの場面、ちょっとウィッティーな誘い方な割に説明が一切ない。売り子にスポットがあたったのも、この地点より前だとせいぜい1,2コマ程度のものだし、まともに説明無しでやったら読者が混乱しかねないシーン。ところが森薫先生、1コマ目に「レイトン」の看板を見せることで一切の事前説明なしに文脈を伝えきったのだ。さらにいうなら少し前の「羨ましいわ、エマって人」もいい仕事をしている。巧いんだよなぁとにかく……。

とにかく1巻時点では頭からつま先まで大満足でした。これで全7巻という収まり方をしているらしいからすごい。なんか、全7巻完結の漫画はぜんぶ面白いというジンクスができそう。(聲の形, リボーンの棋士)



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