azulicat/『想い出スタンプ』感想

Created 2023-02-10 11:00 Modified Thu, 04 May 2023 09:48:00 +0000
  1797 Words

【全巻無料】想い出スタンプ - 佐藤智一 | 男性向け漫画が読み放題 - マンガ図書館Z (mangaz.com)

マンガ図書館Zのレコメンドで現れて表紙に惹かれて読んだ。

素晴らしい作品でした。なんかマンガ図書館Zにある本って全部素晴らしいのかなと錯覚しかけるけど、「私の感性」に来たもの、すなわち表紙やタイトルやオーラで惹かれて(レコメンドという経過はあれど)自発的に選択したものでなければ面白くないということもまた実証されているので、まぁ……センサー力っちゅうことやわな。あるいはイケア効果かもしれんけど。

本書は読み切り型の短編集で、全5編入っておりすべて「文通」というテーマで統一されている。

  • ポスト物語
    • かなり好きだ。前回読んだ八神先生の短編集より、より年老いているというか、泥濘とその中の奇妙な落ち着きがある。昭和の雰囲気みたいなのがガンガンに感じられて、それ故の(現代的価値観においた)モラルの欠如や不合理さ、不便さ、そしてだからこそ生み出されたやさしさみたいなものが詰まっている。この評論は他の話にもだいたい当てはまるかもしれない。
      この物語の卓犖した点は、娘の顔を最後の最後まで一切出さずに話が成立していること。この物語で主人公の次に重要人物である娘が、最終盤まで手紙と声・影でしか表現されない。それが彼女の内気さや真摯さの表現に絶妙に買っていて関心した。
  • ラブレター
    • ここからはむしろこの佐藤智一という作家の生来的特徴が現れてくる。それは「BS2(ブレイク・スナイダー・ビート・シート)」で云えば、第三幕に入る直前くらいの位置で急に物語が打ち切られるということだ。起承転結を無視するわけではないが、結の「け」もしくは「k」あたりで突然に幕が降ろされるのだ。これは彼の作品の独特な魅力(あるいは欠点ともとれる)を及ぼし、一意性を高めるのに大きく貢献している。むしろこのやり方もアリなんじゃないかと錯覚するくらいには話として、または本全体の統一性として作用していた。どうせ残りは「めでたしめでたし」を「見せる」だけだからね。この人の作品は展開が予測しやすい(悪い意味ではなく、ベーシックに王道をきちんと守っているということ)し、完全に予測できる「結末」をわざわざ描く必要はないといわれればそうなのかもしれない。
      ただ、それにしてもこの話はかなり急に打ち切られる。後述の『ピンチヒッター』という作品は同じことをやっているが、あっちのがうまくできてたと思う。ただ『ラブレター』のヒロインはめちゃかわいい。
  • 紙ヒコーキ
    • 急に熟女趣味を押し出されてきた。少々性的に寄り過ぎなのであまり好みではない。彼の作品性のムラがやや悪い方に転がった結果としては納得できる。
  • ピンチヒッター
    • 展開というか枠組みはラブレターと同一だが、こっちは余韻がもう少し明るめ(希望的)なのでアグリーアブルではある。「ブスで悪かったな オレの女だ」は普通にかっこいい。
  • 鳩の飼い方
    • 鳳にして最高傑作。さっきから言ってる彼の「途中で打ち切る」性質が完璧にうまく働いた一作。というのも、ここまでの4話を読まされた側としてはだいたいもう作風のパターンは読めてくる頃合いで、このまんがでいうとぴったり「125ページ目」のあそこで終わるものと「予測」してしまうのだ。絶対に。ところが本作は、佐藤氏的なメソッドからいえば打ち切るのに絶好のこのページの次を用意する。ここからさらにひと展開持たせる。そして、今まで培った「見せない余韻」を保ちつつ綺麗に幕を下ろす。BS2でいうなら、これは「16ビート目」にまで差し掛かり、だがそこまでしておいてやはり途中で、つまり「完全」ではない形で幕を閉じる。しかしそれがかえってミロのヴィーナスのような補完効果を持ち、不完全ゆえの完全を成し遂げている。

総評

一話一話の出来もよろしいが、それ以上に『想い出スタンプ』という一冊としてこれ以上ないくらい完璧にまとまっていた。「文通」で統一するというテーマは作中で一度も明示されないが(あとがきもないし)、きちんとそういう一本筋の通ったテーマがあることや、一作たりとも「完全なハッピーエンド」で結ばれず(『ピンチヒッター』でさえ圧倒的点差を見せることで敗北の未来を予見させている)、むしろ誰かの涙であったり大切な人が去っていくであったりといった幕切れを迎えるのに、それはたしかに「想い出のスタンプ」なのだった。良作。



Related